大判例

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福岡高等裁判所 平成元年(ネ)540号 判決

控訴人

丸山ヒサ子

右訴訟代理人弁護士

馬奈木昭雄

内田省司

高橋謙一

稲村晴夫

浦田秀徳

伊黒忠昭

大脇久和

被控訴人

福岡県土地開発公社

右代表者理事

冨永栄一

被控訴人

広川町

右代表者町長

末安良行

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士

貫博喜

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金二六七九万九四八〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人の、その一を被控訴人らの負担とする。

事実

第一  求める裁判

一  控訴の趣旨(控訴人)

原判決を取り消す。

被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金二六七九万九四八〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(請求の減縮)。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人ら)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張の関係は、原判決二枚目表六行目の「約八一平方メートル」を「約八一万平方メートル」と、同枚目裏一〇行目の「市民税」を「町民税」と改め、末行の全文及び三枚目表四行目から同枚目裏七行目までを削り、九行目全文を「金二六七九万九四八〇円及びこの支払請求の意思を表示した原審」と改めるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者間に争いがない事実及び本件売買契約に関する税金負担の合意に至る経緯についての認定は、次のとおり改め、加除するほか、原判決理由説示(原判決五枚目表六行目から九枚目表九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  五枚目裏二行目の「第三号証」を「第五号証」と、四行目の「二五号証」を「二五、二六号証」と改め、六行目の括弧書き部分を削る。

2  六枚目表七行目の「地権者」の次に「約二百数十名」を加える。

3  同枚目裏四行目の「大部分」の次に「(面積の割合は約九五パーセント)」を、六行目の「土地」の次に「(面積の割合は約五パーセントだが、工業団地造成計画上は中心的な場所であった関係で、実質的には約九五パーセントにも相当する部分)」を加える。

4  七枚目裏初行の「費目」から同行末尾までを「費目の名称にヒントを得て、法的根拠はないが、内々の裏金として構造改善費の」と、七行目の「原告は、被告らの度重なる説得のため」を「控訴人の夫で代理人の丸山恵助は、本件工業団地造成上、中心的な場所であった関係で、被控訴人県公社久留米事務所長田中三千人(以下「田中所長」」という。)ほか被控訴人ら担当職員の必死の説得工作を受けて、昭和五三年四、五月ごろ、」と改め、八行目の「価格交渉」の次に「(当初、丸山恵助は手取り額一億円を、被控訴人県公社は手取り額約六〇〇〇万円を提示していた。)」を加える。

5  同枚目裏九行目の「金八二〇〇万円」から八枚目裏九行目末尾までを、次のとおり改める。

「売買契約に伴い売主が負担すべき税金相当分を被控訴人らで負担してもらい、控訴人の現実の手取り額が八二〇〇万円になるなら売ってもよいとの態度を示し、これが受け入れられないなら売買に応じ難いとの態度に出たので、被控訴人らは、本件工業団地用地の早期取得を迫られていた関係で、内部的に検討した結果、苦肉の策として、表向き、控訴人と被控訴人県公社間の売買代金を四三九〇万九〇八〇円、物件移転補償費を一〇二万四五〇〇円とし、控訴人には右合計四四九三万三五八〇円を支払う形式をとること、右金員に対する譲渡所得税その他の税金試算額相当分七二一万六〇〇〇円を、控訴人への手取り額八二〇〇万円と右四四九三万三五八〇円との差額三七〇六万六四二〇円に加えた四四二八万二四二〇円を内々に裏金として被控訴人県公社が実質上負担し、形式上は被控訴人町から控訴人に前記構造改善費名目で支払うこと(〈書証番号略〉)、右裏金の件は、被控訴人ら内部において内々に処理するから外にも漏れないし、税金もかかるはずがなく、したがって、被控訴人県公社が控訴人との土地売買契約に伴い負担する金額は合計八九二一万六〇〇〇円になるとの見通しをたて、被控訴人らは、本件売買契約に伴い控訴人が負担すべき税金相当分を被控訴人らで負担し、控訴人の手取り額が八二〇〇万円になるようにとの丸山恵助提案を承諾することとし、同人宅を訪れ、同人に対して、実質において控訴人に税金相当分の負担をかけないこと、控訴人の手取り額を八二〇〇万円とすることを承諾する旨言明した。丸山恵助は、後日の紛議防止の観点から、実質税金の負担をかけないことを約束するのなら、その旨の書面の交付が欲しいと強く要望した。右交渉の過程で、田中所長をはじめ、被控訴人らの担当職員らは、前記内々の処理内容は秘したままにしておき、表と裏の関係を説明しなかった。

被控訴人らは、右要望を受け、書面の交付について内部検討を経て、同年六月二一日、被控訴人町の町長、同町助役、町議会議長、被控訴人公社の加藤用地部長、田中所長ら数名が丸山恵助宅を訪れ、広川町長高鍋一生及び久留米事務所長田中三千人両名共同作成名義の控訴人あて、同日付けの「念書」(〈書証番号略〉)を持参したが、それには、「広川町農村工業導入計画による本件土地用地買収に伴う税務対策については、町及び土地開発公社において責任をもって代行します。」旨したたまれていた。丸山恵助は、これを受領して、控訴人と被控訴人県公社との本件土地の売買契約に最終的に合意し、担当職員から手渡された関係書類(〈書証番号略〉)の関係箇所に控訴人の実印で、捺印と捨印を押して交付した。

控訴人は、右合意に従い、同年六月から七月三〇日にかけて、被控訴人県公社から計八二〇〇万円、同年七月三〇日には、別途田中所長と被控訴人町の丸山対策課長から税金相当分として七二一万六〇〇〇円、以上計八九二一万六〇〇〇円を受領した(〈書証番号略〉)。右のうち、裏金四四二八万二四二〇円は実質上、被控訴人県公社が負担し、形式上、構造改善費名目で被控訴人町から控訴人に支払った(〈書証番号略〉)。

同年八月一一日、被控訴人県公社は、本件土地について、同年六月三〇日付けの、売買代金を四三九〇万九〇八〇円とする「土地売買契約書」(〈書証番号略〉)と、物件移転補償費を一〇二万四五〇〇円とする「物件移転補償契約書」(〈書証番号略〉)を作成し、右各契約書に見合う「公共事業用資産の買取り等の証明書」二通(〈書証番号略〉)とともに、控訴人に送付した(〈書証番号略〉)。」

6  八枚目裏一一行目の「原告は」の次に「、」を加える。

7  九枚目表二行目冒頭の「が、」の次に「本件工業団地に関する恐喝事件疑惑が発覚したのを契機に、被控訴人町の議会に地方自治法に基づく一〇〇条委員会が設置され、そこでの調査過程で、控訴人を含む地権者に対する用地買収にからむ被控訴人県公社の構造改善費名目の裏金問題が明るみにで、これが税務当局の知るところとなって」を加え、八行目の「市民税」を「町民税」と、一〇行目の「右認定に反する証人丸山恵助の証言は」を「右認定に反し、本件売買契約において控訴人の手取り額を八二〇〇万円とする合意はなく、課税部分の合意も表の売買代金四三九〇万九〇八〇円と物件移転補償費一〇二万四五〇〇円に関する譲渡所得税分相当の七二一万六〇〇〇円を被控訴人らで負担することを合意したに止まる旨の原審証人田中三千人、同加藤豊二、同高田辰男の各証言部分は、原審証人丸山恵助の証言及び前記認定の本件売買契約締結に至る経緯に照らして」と改める。

二右認定事実によれば、控訴人と被控訴人らは、昭和五三年六月二一日締結された控訴人と被控訴人県公社間の本件売買契約によって手取り額八二〇〇万円を控訴人に取得させること、被控訴人らが、同契約に関して控訴人に課される譲渡所得税、県民税、町民税等の税金分について申告手続を代行するのはもちろん、税金相当分も実質上は被控訴人両名で連帯負担し、控訴人には一切負担させないことを合意したものと認められる。

原審における証人尋問において、田中三千人、加藤豊二、高田辰男はいずれも、構造改善費名目での裏金部分についての税金を被控訴人らで負担する合意はなかったと証言するが、そのとおりだとしても、右認定と矛盾するものではない。

すなわち、前記認定のとおり、被控訴人らの担当職員らは、一方で本件土地の早期売買契約の締結という至上命令を受け、他方で、控訴人代理人丸山恵助から、手取り額八二〇〇万円以下では契約に応じ難いと言われたことから、内部的に検討した結果、苦肉の策として、表向き、控訴人県公社から控訴人に四四九三万三五八〇円を支払う形式をとり、右金員に対する控訴人負担の譲渡所得税その他の税金が七二一万六〇〇〇円と試算されたことから、控訴人への手取り額八二〇〇万円と右四四九三万三五八〇円との差額三七〇六万六四二〇円及び右試算税額の合計四四二八万二四二〇円を内々に裏金として被控訴人県公社が支払う処置をとること、表向きの右金額についての税金相当分は実質上被控訴人らの方で負担すること、右裏金の件は、内々に処理するから外に漏れないし税金もかかるはずがないとの見通しのもとに、被控訴人県公社が実質負担する金額は合計八九二一万六〇〇〇円になるが、諸般の事情に鑑み、これも止むなしと結論付け、控訴人の手取り額を八二〇〇万円とする控訴人代理人丸山恵助の提案を承諾し、その際、田中所長をはじめ、被控訴人らの担当職員らは、丸山恵助に対して、前記内々の処理内容を秘して、表と裏の関係も説明せず、控訴人に税金相当分の負担をかけないことを言明したのであるから、右証人三名の証言どおり、裏金部分に関する課税について被控訴人らで負担する意思はなかったこともそのとおりと認められる。しかしながら、右認定の経緯からすれば、控訴人は、いかなる名目の金が誰から出るかは知る由もなく、右裏金部分に関する課税についても自覚しえなかったものと推認されるから、右裏金部分について、それが露顕した場合の控訴人に対する課税に関して、本件売買契約締結に至る間に控訴人、被控訴人ら間で協議せず、被控訴人らで負担する意思がなかったといっても、それは本件売買契約締結の過程で被控訴人らに動機の錯誤があったことを意味するにすぎず、前記認定のとおり、本件売買契約締結に当たって、控訴人と被控訴人ら間で、同売買に伴う税金相当分については控訴人に負担させず、控訴人の手取り額を八二〇〇万円とすることで合意したことがみとめられる以上、その合意の当然の帰結として、表面化した裏金に関する課税分も、被控訴人両名が連帯負担すべきものと解するのが相当である。

三そして、請求原因6(本件売買契約に伴う追加課税分計二六七九万九四八〇円の控訴人による納付)の事実は当事者間に争いがないところ、本件認定事実のもとにおいては、税金相当分の右二六七九万九四八〇円については、右二に説示したとおり、本来控訴人ではなく被控訴人らが連帯負担すべき金額であると認められるから、控訴人は、被控訴人らに対し、右二六七九万九四八〇円について、その連帯支払を請求することができることとなる。

四被控訴人らは抗弁1で、大多数の地権者との公平を欠くことを理由に、税金相当分負担に関する前記合意は公序良俗に反し無効であると主張するかのようであるが、前記認定のとおり本件売買契約締結に至った経緯からすれば、問題の発端は、被控訴人らの方にも酌むべき点があり、苦肉の策の結果とはいえ、被控訴人らが編み出し、控訴人に秘して採用した構造改善費という裏金の事務処理方式にあり、控訴人には、被控訴人らが、控訴人の手取り額を八二〇〇万円とすることで承知した内幕が分らなかったと認められる以上、思いもかけなかった事態の発展から生じた裏金に対する課税問題の責任を控訴人に転嫁することを承認することになる右主張を採用することはできないし、同2の主張も、その意味するところが分明でなく、採用できない。

五そうすると、控訴人は、被控訴人らに対し、前記三の二六七九万九四八〇円の連帯支払を請求できるが、同債務は、履行の請求により遅滞に陥るものであるところ、控訴人が右請求をしたのは、昭和六〇年一〇月一六日被控訴人らに送達された同日付けの準備書面においてであることは原審記録上明らかなので、翌一七日以降右金員に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求できることになるから、控訴人の本訴請求は、被控訴人らに対し、二六七九万九四八〇円及びこれに対する同月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員の連帯支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきものである。

よって、右と一部異なる原判決は不当であるから、これを右の趣旨に従って変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する(なお、仮執行宣言は必要があるとは認められないので、同宣言の申立ては却下する。)。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 川畑耕平 裁判官 簑田孝行)

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